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米沢穂信の「折れた竜骨」はパズルでファンタジーで歴史浪漫

 

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)

 
折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)

 

 

ミステリと言うのは、元々ちゃんとしたお話と言うよりは、論理パズルみたいな側面がある。

論理パズルというのは、赤い帽子と白い帽子を被らせた何人かの人間がいて、他の誰かの帽子だけが見えるような状況で、自分の帽子の色を当てさせると言うようなアレのことだ。

たまにその手のパズルには、「暇を持てあました王様が罪人達を使って遊んでいる」だとか、「見事正解した者には賞金が与えられる」だとか言う背景の説明が入っていることがあるが、その部分を小説一本分まで引き延ばして語ったのがミステリであり、探偵小説だと言えるだろう。

 

本作では、その論理パズルとしての側面を最大限に活用して描かれている。

即ち、「これこれこういうルールがあります、と言う条件さえ明示してしまえば、どれだけ現実離れした事を書いても良いのだ」と言うことである。

「折れた竜骨」の舞台は、十二世紀イングランドブリテン島から離れたところにある二つの島、ソロンと小ソロンである。

領主が暗殺され、彼の館に招かれていた傭兵達。

彼らがこの物語の主役であり、「容疑者」でもある。

この物語の特異な点は、魔術の存在だ。

そう、このミステリでは、魔術が「アリ」なのだ。そもそもの殺害方法から、「魔術で人を操って殺させた」であるし、ゴーレム使いの魔術師は嘘でもトリックでも無く、本当に巨大な青銅人形を操る事が出来る。

この他にも、様々な魔術の存在が示唆され、あげく不死の化物さえ登場する。ファンタジー要素が容赦なく盛り込まれ、ある種おどろおどろしい雰囲気を醸し出す。

 

これでは何でもありになってしまって、真面目に推理をする上でもアンフェアだ、と思われるかも知れないが、前述の通りこれは「論理パズル」であるから、「これこれこういう魔術が存在します」というのを一つのルールとして考えれば、きちんと答えに辿り着けるようになっている。

作中の言葉を借りれば、

たとえ誰かが魔術師であったとしても、また誰がどのような魔術を用いたとしても、それでも<走狗>は彼である、または彼ではない、という理由を見つけ出すのだ

と言う具合である。

まぁ当然ながら、考えられる可能性を無制限に取ってしまえば何も分からなくなってしまうので、明確に存在すると書かれていないことについてはなるべく考慮しない事にする、くらいが精々だろうが。

 

と言うことで、一見奇妙な設定のミステリに見えて、謎解きに関しては非常にシンプルに作られている。

丁寧に条件を組み合わせていて行けば最終的に一人をあぶり出す構造になっているので、人によっては物足りないくらいかも知れない。

 

これだけでは、話は終わらない。この本はもちろんミステリであるが、それ以上に米沢穂信の本なのだ。

僕としては、これまで書いたミステリとしての側面よりも、むしろ鮮やかに描かれた十二世紀イングランドの素敵さに目が向くところだ。

十二世紀イングランド、である。もう言葉の響きだけでたまらないだろう。

ドイツの騎士、鷹の目の弓師、ゴーレムを操る魔術師に、サラセン人の戦士、そして暗殺騎士を追う、聖アンブロジウス病院兄弟団の騎士とその従士。

一人一人がじわじわと心を浮き立たせてくれる背景を持った傭兵達と、父である領主を暗殺され、しかし高貴さを失わず犯人を追い求めるアミーナ。

活気に溢れる市場や美しい町並みの描写

そう言った細かいポイントが、ファンタジー好きの心をくすぐってくれる。

そして、本物の魔術を導入した事による副作用として見逃せない事は、犯人は操られて殺人に及んだだけで、犯行の記憶を持っていないと言うことである。

端的に言って、みんな「いい人」なのだ。

ミステリでは、主役級の登場人物の中に、必ず犯行をごまかし、嘘をついている者がいる。

嫉妬、怨恨、恐怖と言ったマイナスの感情から犯罪に手を染め、それを誤魔化そうとしている者が。

そんな状況では、自分の好きなキャラクターが登場したとしても、「ああ、でもこの顔も見せかけなのだろうな」等と考えてしまう。

これでは、素直に楽しめない。常に相手を「人でなし」だと疑いながら読み進めなければならないのは、ある意味でミステリ最大の欠点であるとも言える。

ところが「折れた竜骨」においては、そんな心配は不要である。

一癖あるキャラクターばかりだが、悪い奴はいない。そう安心して読むことができるので、一般の小説と同じように、ドラマに没入してしまってよいのだ。

特に後半、街に侵攻する不死身のデーン人から人々を守って戦う傭兵達の姿には、心熱くなる事請け合いである。

 

ミステリ好きに取ってはシンプルで小気味よいパズルが、西洋好きにとっては歴史小説のような味わいが、ファンタジー好きにとっては王道の異世界ものとして、多くの人の琴線に触れる物語である。

ミステリの自由さを大いに誇示した一冊ではないか。