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「ニートの歩き方」 ニートは単なる怠け者なのか?

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

「ニートの歩き方」を読んだ。

「毎日決まった時間に起きて満員電車に揺られて決められた時間決められた場所で決められた作業をこなしつつ会いたくもない人と会う」事にどうしようもない苦痛を覚えていた著者が、会社を辞めてニートとしての生活を突き詰めた結果見えてきた事について書かれた本。

ニートとしての心構えや、インターネットを駆使してお金を稼いだり、不要品を譲って貰う事でどの程度生きていけるのか、と言った、著者の経験から得られた実践的な「ニート術」について書かれている。

読んでみての大雑把な感想は、ニートとしてまともに生きていくのにも、それなりの努力と才能がいるのだな、という事。

逆に言えば、それなりの才能と努力があれば、定職に就かずぶらぶらして生きていけるのが現代なのだ。それはそれで、夢のある話ではないか。

 

ところで、この本の一番の読みどころは、第四章から始まる、著者なりの人生論だと思う。

著者の考え方の根幹にあるのは、

  • 成功も失敗も、人がたまたまあるポジションで、必要な能力を持っていたからこそ得られる

と言うことである。

それがうまくいったのは、僕が運良く事故にもアクシデントにも遭わずに生きてこられて、他の国ではなく日本に生まれた、というような自分ではどうしようもない原因のせいだったりする。また、僕がたまたまAという土地で育ってBという知識を持っていて、CやDやEという知り合いがいて、Fという土地に住んでいてGという趣味を持っていたという、その組み合わせが偶然うまくいったにすぎない

 ここから著者は、「だから自分の持っている環境を活かしていこう」ではなく、「自分に合わない場所には行かなくていい」と主張する。そんなところに適応した振りをするくらいなら、自分に合った場所を探し、時には創り出そう、と言うのだ。

選択肢が多いことは絶対的な善だ

 実際に著者は、自分にとって気持ちの良い環境を実現する為、「ギークハウス」というシェアハウスを立ち上げ、今では日本全国に、有志によって立ち上げられた同様の施設が運営されるまでになった。

これが、世間で言う「ニート」の行動力だろうか?

この本から読み取るべき事は、何もせずにだらだらしていることを肯定する、と言うことではなく、周囲の言うことに囚われず、自分の望む生活を追求していけば、ニートとして生きていくことだって可能である、と言うことだ。

自分の欲望が、以下に社会的に許されないと言われていても、それを受け入れてくれる場所は必ずあるし、それを(合法的に)実現する方法も必ずある、と信じる事が出来れば、より良い人生を送れるだろう。

 

ニートとして低収入で自由に生きる著者と、生活の安定の為日々苦しい思いを振りほどきながら働き続ける世間の人々。

人生を諦めてしまっているのは、本当はどちらなのだろうか?と考えさせられる年の瀬だった。